羽賀龍之介父も兄も柔道家で母も同じ?イケメンで筋肉も凄くてかっこいい?

いよいよ始まるリオ五輪でメダル獲得の期待がかかる柔道100㎏級の羽賀龍之介選手。

3月にけがをしてしまったそうですが、圧倒的な実力を買われ代表になっているのです。

羽賀龍之介選手は、実は父や兄も元柔道家で母も競泳選手だったそうです!

そんなイケメン柔道家、羽賀龍之介選手の経歴などについてご紹介します!

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羽賀龍之介せんしゅのプロフィールや経歴とは?

 

羽賀龍之介選手のプロフィールや経歴に関しては、以下になります。

羽賀龍之介選手のプロフィールや経歴

【名前】羽賀龍之介(はが りゅうのすけ)
【段位】四段 
【得意技】内股
【高校・大学】東海大相模高校→東海大学
【所属】旭化成
【生年月日】1991年4月28日
【出身地】宮崎県延岡市
【身長】186㎝
【体重】100㎏
【代表歴】
2010年ドイツジュニア国際大会・世界ジュニア初優勝・ワールドカップスウォン2位
2011年ユニバーシアード優勝
2014年グランプリブタペスト2位
2015年ヨーロッパオープン・ローマ 優勝
2015年グランプリ・デュッセルドルフ 優勝 
2015年世界選手権 優勝
2015年グランドスラム・東京 優勝
2016年リオ五輪代表内定

【経歴】

2009年インターハイ 優勝
2010年全日本学生柔道優勝大会 優勝
2010年ドイツジュニア国際大会 優勝
2010年全日本ジュニア 優勝
2010年世界ジュニア 優勝
2010年講道館杯 優勝
2011年全日本学生柔道優勝大会 優勝
2011年ユニバーシアード 個人戦 優勝・団体戦 優勝
2011年学生体重別団体 優勝
2011年講道館杯 優勝
2012年全日本学生柔道優勝大会 優勝
2013年全日本学生柔道優勝大会 優勝
2014年実業団体 優勝
2015年ヨーロッパオープン・ローマ 優勝
2015年グランプリ・デュッセルドルフ 優勝
2015年実業団体 優勝
2015年世界選手権 優勝
2015年グランドスラム・東京 優勝

堂々たる経歴ですよね。

羽賀龍之介選手は、2歳年上の兄善之助さんと一緒に5歳で柔道を始めました。

小学3年生のときに横浜市に引っ越し、朝飛道場というところに入って柔道に打ち込み、神奈川県内の東海大相模高校に進学。

インターハイでは3年時に優勝し、団体戦では2,3年時に2年連続高校3冠(全日本高校選手権、金鷲旗、インターハイ)を果たします。

東海大進学後世界ジュニア代表となり初優勝。

2010年11月には初のシニア大会で優勝を果たしています。

その後ユニバーシアードに優勝など実績を重ねますが、左肩のけがによりロンドン五輪は逃してしまいます。

そこから長きにわたり、国際大会で結果を残せない日々が続きます。

2014年から社会人となり、2015年ヨーロッパオープンとグランプリで優勝し、世界選手権に出場して優勝。

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ようやく国際大会で結果を出すことができました。

12月のグランドスラム東京でも優勝し、2016年4月の体重別選手権はけがのため欠場しますが、実績を買われてリオ五輪代表に選出されました。

出典:wikipedia 羽賀龍之介

 

羽賀龍之介選手の父も兄も柔道家で母は元競泳選手?

 

羽賀龍之介選手の家族は柔道一家なんです。

お父さんは、講道館杯など全国大会で優勝経験のある柔道家羽賀善夫さん。

朝飛道場のコーチも務めていて、息子たちを厳しく指導していました。

お父さんも現役時代は95㎏級で活躍していたそうで、羽賀龍之介選手は100㎏級。

186㎝100㎏の恵まれた体は、お父さんからもらったものですね。

お兄さんも中学3年の時に全日本選抜少年柔道大会で優勝した実力の持ち主です。

そしてお母さんは元競泳の選手だそうで、羽賀龍之介選手は幼少時に水泳も習っており、県で2位になったこともあったそうです。

スポーツ一家で育ったので、なにをやっても万能なんですね!

 

羽賀龍之介選手はイケメンで筋肉も凄い?怪我を乗り越えた強さの秘密とは?

 

羽賀龍之介選手はイケメン柔道家とも言われていますね。

重量級の選手ですが、さわやかで落ち着きがある感じですね。

もちろん鍛え上げられた筋肉はホンモノです。

高校時代までは華々しい活躍を見せ、得意技が内股の100㎏級選手ということから「井上康生2世」と呼ばれていた羽賀龍之介選手でしたが、左肩脱臼からの手術以来、国際大会での活躍が見られなくなってしまいました。

2014年には100㎏級でふさわしい選手がいないとして、世界選手権派遣見送りという屈辱を味わいます。

そんな中でも腐らずにやってこられたのは、羽賀龍之介選手自身の気持ちの強さや、現日本代表監督の井上康生監督の存在があるのではないでしょうか。

2015年のグランドスラム時、プレッシャーを感じていた羽賀龍之介選手に井上康生監督がかけた言葉があったそうです。

「オリンピックのプレッシャーは、こんなもんじゃないから。オリンピックの練習と思って戦ってこい」

いい師弟関係ですね。

その言葉でプレッシャーから解放された羽賀龍之介選手は見事に優勝。

2016年3月にも右ひざ靭帯損傷のけがをしてしまいましたが、照準をオリンピックに合わせて静養し、順調に回復しているそうです。

けがが完治して、最高の状態でオリンピックの舞台に上がってほしいですね。

出典:優勝インタビュー男子100㎏級 羽賀龍之介選手 柔道グランドスラム

 

まとめ

 

リオ五輪が初めてのオリンピックとなる羽賀龍之介選手。

けがや成績の伸び悩みに長く苦しんだからこそ、冷静に自分を見つめ、大舞台にも動じない心ができているはずです。

2000年シドニーでの井上康生監督以来の100㎏級金メダル、期待したいですね!

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