山県亮太選手の出身高校や大学は?競泳の古賀淳也と以外な接点とは?

リオデジャネイロオリンピックが開幕して、開会式が盛大でテレビ観戦ではあるのですが、私も現地の熱気に気持ちが盛り上がってきました。

いろいろな競技があってどれも気になるのですが、陸上の山縣亮太選手も気になる選手の一人です。

この山縣亮太選手は、実は大学時代に指導者がいなかったそうです。

指導者がいないのに、なぜこんなにも優秀な成績が残せたのか気になりますよね?

その理由や、実は競泳日本代表で注目されている古賀淳也選手と意外な接点があるのですが、その点についても書いていきますね。

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山縣亮太選手の出身高校や大学は?プロフィールや経歴も

 

山縣亮太選手のプロフィールや経歴に関しては、以下になります。

山縣亮太選手のプロフィールや経歴

【名前】山縣 亮太(やまがた りょうた)
※「縣」が旧字体のため、「山県亮太」も見られる
【種目】短距離走
【自己ベスト】100m 10秒06 200m 20秒41
【所属】セイコーホールディングス
【出身中学・高校・大学】修道中学校・修道高等学校・慶應義塾大学
【生年月日】1992年6月10日
【出身地】広島県広島市西区
【身長】176cm
【体重】68kg

【経歴】

小学4年から陸上クラブに所属し、陸上を始める。

修道中学校に入学、100mと4×100mリレーで全日中に出場。

修道高校に入学。

2年の時に世界ユース陸上競技選手権大会で、4×400mリレーで銅メダルを獲得。

大学は慶應義塾大学に入学。

2年生の時に織田記念陸上男子100m予選で10秒08というタイムを出しロンドンオリンピックの標準記録突破。

そして、8月に行われたロンドンオリンピックでは、100m10秒07という自己新記録を出し、準決勝に進出。

大学3年では、東アジア大会に100mの個人と、4×100mリレーの日本代表に選ばれる。

100mでは2位でしたが、4×100mリレーでは1走を務め、1位に輝きました。

セイコーホールディングスに入社。5月に行われた東日本実業団選手権・男子100mで10秒08を出し、リオオリンピックの参加標準記録を突破。

そして6月に、リオオリンピック男子100mの日本代表に選ばれる。

【主な戦績】

2012年
・日本選手権 100m 3位 10秒34
・織田記念 100m 1位 10.16  

2013年
・日本選手権 100m 1位 10秒11
・織田記念 100m 2位 10秒04

2014年 
・アジア大会 4×100mリレー 2位 38秒49
・日本選手権 100m 2位 10秒27

2016年
・セイコーGGP川崎 100m 2位 10秒21
・日本選手権 100m 2位 10秒17
・織田記念 100m 1位 10秒27

出典:Wikipedia 山縣亮太

 

山縣亮太選手の出身中学と高校は広島でも有名な進学校?大学もすごい?

 

山縣亮太選手の出身中学・高校・大学を見てみると、とても頭のいい方というのが分かります。

実際、修道中学校・修道高等学校で検索してみると、広島県内の高校でも3位に入るという超進学校で更に歴史も100年以上の伝統ある高校なのです。

Wikipediaでは、「中学入試では、約280名の募集に対し、例年1000名前後の受験者を集める。」とのこと。

出典:Wikipedia 修道中学校・修道高等学校

更に、慶應義塾大学でも、難易度No1(偏差値73)の総合政策学部出身なのですから、もの凄く頭いいですよね。

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練習と勉強との両立は大変だったようなのですが、計画的に周りの助けも受けながら受験に臨んだとのこと。

慶應大学の受験を決めてからから合格に至るまでの体験が、こちらに詳しく書かれていましたので、気になる方はご覧になるといいです。

出典:慶應義塾体育会競走部 合格体験記 AO入試 山縣 亮太

 

陸上の山縣亮太選手と競泳の古賀淳也選手との以外な接点とは?

 

山縣亮太選手と競泳日本代表で注目されている古賀淳也選手とは、意外な接点があるのはご存知でしょうか?

その接点とは、古賀淳也選手の弟さんなんです。

実は、古賀淳也選手の弟の古賀友矩(こが とものり)さんは、リオオリンピック日本陸上代表でもある山縣亮太選手のコーチを務めているのです。

弟の古賀友矩さんは甲子園を目指し、高校野球の強豪校、春日部共栄高校に入学するも甲状腺の病気が発覚して療養生活を余儀なくされたのです。

チーム競技だと他のメンバーに迷惑をかけるということで、陸上競技へ転向されたのです。

去年の夏から、大学の2年後輩である山縣亮太選手のコーチを始めたのです。

意外な繋がりってあるのですね。

 

山県亮太選手の陸上人生は怪我との戦いだった?

 

山縣亮太選手、実は2013年9月7日に行われた、日本インカレの男子200m予選と4×100mリレー決勝を走った翌朝、山縣選手は激しい腰痛を引き起こし、腰痛に悩まされるようになったのです。

2015年の4月にはすでに社会人1年目の山縣選手。

ケガに悩み、苦しみながらもマネージャーやコーチに「今は怪我を治す期間だ」と励まされてきました。

「練習しなければならない。」という焦りの気持ちもりましたが、「今はどんなに時間がかかっても怪我を治して万全な状態にする。」と自分に言い聞かせたそうです。

北京世界選手権も怪我の完治のために棄権しました。

そして2016年、ついにリオオリンピックの出場が決定しました。

この3年間は本当に長い「我慢の時間」だったでしょう。

リオオリンピックでは、我慢していた分を思いっきり掃き出してほしいですね。

その山縣選手なのですが、独特な走り方をする選手なのです。

まず、スタートの仕方が他の選手と異なるのですよね。

一般的なクラウチングスタートは、体を伸ばし、軸を安定させてスタートを切りるのですが、山縣選手は一般的クラウチングスタートより、膝を少しだけ曲げてスターターを蹴ってスタートします。

このスタートの方法だと空中に浮く時間が短縮され、タイムのロスが少なくなるのです。

そして走りのフォーム。

走っている山縣選手と、隣の選手を比較してみるとよくわかるのですが、山縣選手は肩がほどんどブレていないのです。

頭、肩の上下運動を減らすことで、推進力が増えるという走り方。

驚くのは、そのフォームを自分で考えていることなのです。

山縣選手のトレーニングは、「どうすればもっと速く走れるのか」を考え、試行錯誤を繰り返すことです。

体を動かさないときも、頭でトレーニングをしているわけですね。

冒頭でも触れたのですが、山縣亮太選手は、大学時代に指導者がいなかったそう。

指導者がいないのに、なぜこんなにも優秀な成績が残せたのかというと、その理由は、自己追及力にありました。

山縣選手は、どんなときでも速く走ることを考えてきたその積み重ねと、怪我に悩まされる時期も長かったですが、諦めずに続けることが実って、ようやくリオオリンピックに出場が決定しました。

 

まとめ

 

今シーズンに自己ベストとなる10秒06を出し、9秒台に現実味が帯びています。

9秒台を出すと会社から5000万円相当の腕時計が貰えるそうです。

さすがセイコーと言った感じでしょうか。

しかし、怪我が完治しているかはわかりません。

9秒台を目指してほしいですが、無理をして怪我を悪化させてほしくないですね。

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