盲目のヨシノリ先生は実話?原作モデル新井淑則の全盲の原因網膜剥離とは?

2016年の24時間テレビドラマスペシャルは、「盲目のヨシノリ先生~光を失って心が見えた~」が放送されます。

そのドラマはノンフィクションなのですよね。

そのモデルとなっているのは、現在も現役の中学校の教師である新井淑則先生です。

病気により34歳にして全盲になってしまった新井淑則先生、リハビリに耐え、特別支援学校教師を経て、普通中学校の教師に復活するまでの10年間に迫りたいと思います。

新井淑則先生の支えになった方たちとは?

全盲となった原因の病気とは?

そんな私自身も抱いた疑問について、調べたことを詳しく書いていきたいと思います。

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24時間テレビドラマ盲目のヨシノリ先生は実話?原作モデル新井淑則先生ってどんな人?

 

新井淑則先生のプロフィールや経歴に関しては、以下になります。

新井淑則先生のプロフィールや経歴

【名前】新井 淑則(あらい よしのり) 
【生年月日】1961年生まれ
【出身地】埼玉県
【職業】中学校教師
【テレビ出演歴】日テレ「世界一受けたい授業」
【著作物】「全盲先生、泣いて笑っていっぱい生きる」「光を失って心が見えた 全盲先生のメッセージ」

【経歴】

新井淑則先生は大学を卒業後、1984年、23歳の時に東秩父中学校の国語の先生として赴任しました。

翌年、秩父第一中学校に異動、同校の音楽教師と知り合い結婚

1987年、横瀬中学校に異動になると、初めて3年生のクラス担任となり、サッカー部の顧問も受け持つようになります。

家庭では長女も生まれ、教師としても、ひとりの人間としても充実した日々を送っていた時、突然右目が網膜剥離になってしまいました。

元々強度の近視だったことが原因で、入院と手術を繰り返すも、右目は失明

右目を失明したことにより、クラスの担任からも、サッカー部の顧問からも外され、発症から4年後には特別支援学校に異動することになります。

特別支援学校に異動になってから3年後、それまで左目だけで生活をしていたことが負担となり、左目も網膜剥離に

6度の手術を行うも視力は回復せず、とうとう両目が完全に失明してしまいました。

この時、新井淑則先生は34歳でした

死ぬことしか考えられず、半年間泣き続け、悩み続け、これ以上落ちるとこはないという所まで落ちた新井淑則先生は、這い上がるしかないと思い始めます。

奥さんの協力により、国立身体障碍者リハビリテーションセンターに通い、点字の判読訓練や白杖を使った歩行訓練を行いました。

リハビリセンターでは同じような境遇の人たちと触れ合うことで、辛いのは自分だけじゃない、頑張ろうと思うようになり、立ち直りへの大きな転機となりました。

点字の本も読めるようになり、パソコンでメールも打てるようになり、白杖で歩けるようになると、生きる希望が見えてきました。

盲導犬を取得したことにより、さらに安全に歩く行動の自由を手に入れ、また教師として復職したいと言う想いが芽生えました。

復職の道を選んだのは、新井淑則先生が36歳の時でした。

特別支援学校ではなく、普通中学校への異動を教育委員会に交渉するも、受け入れてもらえず10年が経過。

このままでは何も変わらないと、ダメ元で県議会議員会館へ交渉した結果、県議会で取り上げられ、知事の理解を得ることが出来ました。

当時の長瀞町の町長だった大澤芳夫さんの協力により、2008年4月、長瀞中学校へ着任

16年ぶりに普通中学校への復帰が叶いました。

現在は皆野町立皆野中学校で教師をしていて、市民団体であるノーマライゼーション・教育ネットワーク「障害のある教師を支える会」の代表として講演も行っています。

出典:オカムラHP 全盲の教師が挑む新たな戦い 前編

 

新井淑則先生が盲目になってしまった原因である網膜剥離とは?その症状と予防法とは?

 

網膜剥離とは、眼球の内側にある網膜が剥がれて視力が低下する病気で、加齢や糖尿病網膜剥離症などの一部の病気、または、頭部・眼球への物理的ショックが原因で起こると言われています。

網膜剥離と言うと、ボクシング選手が思い浮かびますが、新井淑則先生のように普通に生活していても起こりうる病気なのだそうです。

新井淑則先生の場合は、元々強度の近視だったことが原因でした。

コンタクトレンズをすることで日常生活には支障はありませんでしたが、強度の近視というのは、眼球のレンズと網膜との距離が遠くなり、網膜が引っ張られている状態だと、医師から伝えられたそうです。

ある日突然「飛蚊症」という目の前に虫がたくさん飛ぶように見える症状があり、その翌日には右目の半分以上が見えなくなる「視野欠損」が新井淑則先生を襲いました。

「飛蚊症」「視野欠損」は、いずれも網膜剥離の前兆で、剥がれた網膜は時間が経つと光を感知する機能を失い、一度失った機能は二度と再生することはないことから、早期治療が求められています。

網膜剥離のうち、最も多いのは「裂孔原性網膜剥離」で、網膜の一部に裂け目ができ、そこから網膜の裏側に水分が流れ込んで剥離するというもの。

強度の近視の人は眼球の長さが長く、網膜の周辺部が薄く変形していることから、近視の若い人に起こる網膜剥離の原因と言われていて、28歳で発症した新井淑則先生は、まさにこのタイプだったと考えられます。

出典:関西医科大学眼科学教室 網膜剥離

次に、網膜剥離は予防できるのか?という点について見ていきたいと思います。

目に外側から力が加わることで、眼球の形が変形し、それに伴い網膜が薄く引き伸ばされてしまうことから、日常生活で目をこすったり、圧迫したりする癖のある人は網膜剥離を起こしやすいようです。

アトピー性皮膚炎や花粉症などで、目に強い痒みを伴い病気がある人は、無意識に目をこすったり圧迫したりしているので、痒みに対する治療と、意識的に目をこすらないように心がけることも予防に繋がるそうです。

また、糖尿病網膜症というものがあり、血糖値が高い状態が続くと、目の細い血管がダメージを受け、変形・破損することで酸素や栄養がうまく運ばれなくなります。

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「新生血管」という新しい血管が作られて、酸素や栄養を届けようとしますが、新生血管は非常にもろく、網膜や網膜色素上皮で出血してしまうと網膜色素上皮細胞から剥がれ落ち、結果的に網膜剥離を引き起こしてしまうのだそうです。

これを予防するためにも血糖値を下げることが最優先で、薬による治療だけでなく、食生活や運動を見直し、体質を改善することが重要とされています。

出典:ヘルスケア大学 網膜剥離の予防法とは

新井淑則先生は両目とも手術を施しましたが、回復はせず全盲となってしまいました。

そこで、網膜剥離の手術をした場合の成功率について調べてみました。

レーザー治療を行った場合、早い時期で80%、時期が遅くなると50~60%が有効とされています。

あくまでも予防治療なので、レーザー治療を受けることで視力が良くなるというわけではなく、将来的に安定した視力を確保するための最適な治療だそうです。

網膜剥離の手術は「硝子体手術」とよばれ、この手術の成績は年々向上していて、多くの病院で平均80%の成功率があります。

こちらも早期発見、早期治療が望ましく、症状が比較的軽い状態だと90%の視力が改善すると言われ、症状がひどい状態だと成功率は60%まで下がってしまうそうです。

早期治療では0.5以上の視力を保つ確率が高くなり、重症になってからの手術では、たとえ成功したとしても視力は0.1以下にとどまるとされています。

このような手術を受けることがないよう、早めのレーザー治療と、自覚症状がなくても定期的な精密眼底検査を受けることが大切ということです。

出典:公益社団法人日本眼科医会 失明を何とかしのぐ硝子体手術

 

新井淑則先生が全盲でも復職し更に普通中学校の担任になる力や支えとなったものとは?

 

新井淑則先生は同じリハビリセンターで訓練を受けていた中途視覚障害者の宮城道雄高校教諭に、「あなたも教職に復職できる」と勧められました。

しかし、復職する場合には、休職する時に在籍していた特別支援学校に復職するのが原則だと知っていた新井淑則先生は、知的・身体的障害を持つ生徒を前に、全盲で盲導犬を連れた教師が教壇に立つことは不可能だと考えていました。

宮城道雄先生と何度もやりとりを重ね、最終的には宮城道雄先生の励ましにより、教師として復職しようと新井淑則先生は決心します。

目が見えなくなって諦めることが多かった新井淑則先生は、もう一度夢を叶えたいと思ったのです。

特別支援学校へ復職した新井淑則先生でしたが、やはり困難は多く、新井淑則先生が全盲であることを知的障害をもつ生徒たちが理解できないことが大きな壁となりました。

そこで、宮城道雄先生や他の先生たちと埼玉県の教育委員会に普通中学校への異動を訴え交渉を続けましたが、10年経っても何も変わることはありませんでした。

次に話を持ち込んだのは県議会議員会館でした。

話を聞いてくれた議員が県議会で取り上げると、新井淑則先生が抱える苦悩や希望が知事に届き、新井淑則先生の受け入れ先を募ったところ、当時長瀞町の町長だった大澤芳夫さんがぜひ長瀞中学校にと手を挙げてくれたことにより、新井淑則先生は普通中学校である長瀞中学校へ着任することが出来ました。

県と交渉を始めて10年目、2008年4月に新井淑則先生は46歳にして16年ぶりに普通中学校への復帰を果たしました。

新井淑則先生は机の裏に点字の名前シールを貼ったりり、点字の座席表を作ったり、さらには生徒に自己紹介してもらったものをレコーダーで録音し、生徒の名前と声を覚えたと言います。

そして、チームティーチングという、もう一人の国語の先生とペアで授業を行うことにより、スムーズに授業を進めていきました。

そのために、パートナーの先生とは毎日の授業の打ち合わせは欠かせなかったそうです。

また、学校内の各部屋のドアなどに点字シールを張るなどの学校側のサポートや、生徒たちも積極的に声をかけてくれて、目を貸してくれたと新井淑則先生は話します。

次第に盲導犬と新井淑則先生がいることが当たり前になり、着任7年目の2014年、52歳になって再びクラス担任になることができました。

出典:オカムラHP 全盲の教師が挑む新たな戦い 後編

家族を始めとして、周りの理解やサポートなくしては成しえなかった普通中学校への復職、新井淑則先生の努力もまた、計り知れません。

そして、新井淑則先生のインタビュー記事を読み、ノーマライゼーションという言葉を初めて知りました。

社会福祉理念の一つで、

・障害者も健常者と同様の生活が出来るように支援すべき

・障害者と健常者はお互いが特別に区別されることなく、社会生活を共にするのが正常なことであり本来の望ましい姿

という考え方で、それに向けた運動や施策なども含まれるということ。

新井淑則先生が最初に交渉した教育委員会でも、ノーマライゼーションが浸透していないと痛感したそうです。

その経験を生かし、現在は皆野町立皆野中学校で教師をしながら、ノーマライゼーション・教育ネットワーク「障害のある教師を支える会」の代表を務め、講演も行っているという新井淑則先生。

自分の身近に起こっている現象とは違うものを理解し、受け入れるというのは、障害者に対してだけではなく、普段の生活における人との付き合い方でも同じで、自分の考え方を変えるのはそう簡単なものではないように思います。

しかし、それが一番大切であることを、新井淑則先生を通じて今一度考えさせられました。

出典:wikipedia ノーマライゼーション

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まとめ

 

24時間テレビドラマスペシャル「盲目のヨシノリ先生~光を失って心が見えた~」は、8月27日夜9時から放送予定です。

ドラマでは新井淑則先生の家族の支えなどついても描かれているようですので、関心がある方はチェックしてみて下さいね。

ノーマライゼーションについて、一人でも多くの人に知ってもらうことで、また新たな道が開けることを願います。

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