一ノ瀬メイは本名でハーフ?水泳を始めたきっかけや父と母の言葉とは?

一ノ瀬メイという競泳選手をご存知でしょうか?

生まれつき右腕の肘から先がない、「先天性右前腕欠損症」という障害を持っていて、9月7日に開幕するリオデジャネイロパラリンピックに出場する19歳の女子大学生です。

パラリンピックでは、なんと8種目での出場を予定しているんです、凄いですよね。

メイという名前や顔立ちから、ハーフなの?という疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。

そんな一ノ瀬メイ選手のプロフィールや、障害に負けない競泳の強さの秘密に迫ります。

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一ノ瀬メイは本名?水泳を始めたきっかけは?

 


出典:toyotajpchannel【WOW】イチロー&一ノ瀬メイ篇 TOYOTAのCM

一ノ瀬メイ選手の簡単なプロフィール

名前:一ノ瀬 メイ(いちのせ めい)※本名です。
泳法:個人メドレー・自由形・バタフライ・背泳ぎ・平泳ぎ 
自己ベスト:
・200m個人メドレー SMクラス 2分41秒35(日本記録)
・50m自由形 S9クラス 31秒06(日本記録)
・100m自由形 S9クラス 1分09秒16(日本記録)
・100m背泳ぎ S9クラス 1分18秒97(日本記録)
・50m平泳ぎ SB9クラス 40秒80(アジア記録)
・100m平泳ぎ SBクラス 1分25秒83(日本記録)

※{S:スイムの略、SB:スイムブレストの略、障害の種類:1~10(重度~軽度)}

高校:京都市立紫野高校
生年月日:1997年3月17日(19歳)
出身地:京都市
代表歴:
2014年アジアパラ競技大会
2015年世界選手権大会、ジャパンパラ水泳競技大会、日本身体障がい者水泳選手権大会

一ノ瀬メイ選手の障害や経歴について簡単にご紹介します。

一ノ瀬メイ選手の障害は「先天性右前腕欠損症」といって、生まれつき右腕の肘より先がありません。

京都市障害者スポーツセンターの近くに住んでいたことがきっかけで、1歳半から水泳を始めたそうです。

京都市障害者スポーツセンターは、プールや体育室、卓球室やトレーニング、アーチェリー場もあって、障害のある方だけでなく、

このセンターは障害のある人々のスポーツ・レクリエーション活動の推進拠点として、健康の維持・増進となお一層の社会参加を促すため、障害のない人々との共同利用による交流の場として設置されました。

出典:京都市障害者スポーツセンター

とあるように、一般の障害のない人も利用できる施設です。

京都市障害者スポーツセンターの住所は、京都市左京区高野玉岡町5

ホームページはこちら
出典:京都市障害者スポーツセンターHP

近くに障害者スポーツセンターのプールがあって、水泳をする環境にも恵まれていたのですね。

高校3年生の時に出場したアジア競技大会では、200m個人メドレーと100m平泳ぎで銀メダルを、50m自由形と100m背泳ぎでは銅メダルを獲得しました。

2015年2月に行われた全国高等学校英語スピーチコンテストでは、障害の「社会モデル」についてスピーチを行い、全国優勝をしています。

その時の動画はこちらで観れます。
出典:NHK福祉ポータル 【全英連 第8回 全国高等学校英語スピーチコンテスト】一ノ瀬メイ選手動画

いかがですか?

英語でのスピーチもさることながら、和訳されている文章にも強く心を打たれました。

同年7月、近畿大学の1年生となった一ノ瀬メイ選手は世界選手権に出場、200m個人メドレーでは決勝までコマを進めました。

5つの日本記録を持ち、「水のプリンセス」という愛称もある一ノ瀬メイ選手は今年、初めてのパラリンピックに挑みます。

出典:wikipedia 一ノ瀬メイ

 

一ノ瀬メイはハーフなの?英語のスピーチが素晴らしい

 


出典:toyotajpchannel 【WOW】MESSAGE MOVIE スポーツ篇 TOYOTAのCM

一ノ瀬メイ選手のご両親は?というと、お父さんはイギリス人でお母さんは日本人ということが分かりました。

父親に関しては明らかにされていないようで、母親と祖母に関してはツイッターで紹介されていました。

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こちらの左の写真に、母親の一ノ瀬トシ美さんが写っています。

一ノ瀬メイ選手はハーフなので、家庭内の会話は英語だったそうです。

地元のスイミングクラブに入ろうとしたところ、右腕の障害を理由に断られ、小学4年生の途中から1年間、イギリスの大学院で障害学を勉強するお母さんと過ごしました。

イギリスでは健常者と区別されることなく一緒に水泳の練習をした一ノ瀬メイ選手。

「日本とイギリスの違いを多くの人に伝えたい」と思った一ノ瀬メイ選手は、全国高等学校英語スピーチコンテストに参加、「障害は個人の機能的な問題ではなく、社会が作るもの」と熱弁をふるいました。

動画をご覧になった方にはわかると思うのですけれど、私には、「社会が障害を作っている」「社会が障害者を作るなら、その社会が障害者をなくすこともできるはず」という言葉がとても印象的でした。

英語で多くの人とコミュニケーションが取ることが出来て、日本以外の世界を知っている一ノ瀬メイ選手は、私なんかよりよっぽど優れていると感じました。

 

一ノ瀬メイの強さを支えとなっている父と母がかけた言葉とは?

 

次に、一ノ瀬メイ選手の強さの秘密について見ていきたいと思います。

生まれつき右肘から先がなかった一ノ瀬メイ選手は、上半身の筋力強化に悩んでいました。

しかし、2015年の春、トレーニングの相棒と出会ったことでその悩みは解消されました。

その相棒とは、「義手」です。

乳がんで乳房を失った女性や、事故で手や指を失ってしまった人たちの為に多くの製品を作ってきた、義肢装具メーカー中村ブレイスの那須誠さんの手によるもの。

肌の色や質感、指紋や体毛にいたるまで本物そっくりに再現が出来るのに、一ノ瀬メイ選手はあえてロボットの部品のような義手をリクエストしたと言います。

「自分は障害者だと思っていない。個性である。」

一ノ瀬メイ選手は、この思いがとても強いようです。

義手を使うことにより、ロープを引っ張ったり重りを持ち上げられるようになり、上腕や肩甲骨の周りは見違えるようにたくましくなっていきました。

出典:産経WEST 競泳・一ノ瀬メイの筋トレ用義手を作製 那須誠さん

そして一ノ瀬メイ選手の支えになったものの一つとして欠かせないのは、ご両親の言葉なのではないでしょうか。

「違っていいよ」、「違うのはチャンスや」と育てられてきたという一ノ瀬メイ選手。

他人と違うこと、「変であることが強さ」と言い、その意思の強さもまた、ご両親の言葉のおかげとも語っています。

きっとご両親も、障害者だからという目線ではなく、他の子と同じように出来ることは自分でやらせて、違うことは悪いことではないと教えてきたのでしょうね。

また、パラリンピックの競泳は、みんな体が違うため、重心や軸の使い方が様々で、個性に合わせた工夫と泳ぎ方があり、自分の体一つで戦うのが面白いのだそう。

障害や特徴がありながらも、「ないもの」ではなく「残っているもの」をどれだけ有効に生かせるかが勝負の分かれ目なんだとか。

なるほど、とても奥が深いのですね。

2020年の東京パラリンピックで金メダルを獲得するためには、一度パラリンピックを経験しておかなきゃいけないと思っていたと語る一ノ瀬メイ選手の、先を見据えながらも今の努力も怠らないその姿勢に、本当に意思の強さを感じました。

きっと素敵なパラリンピックデビューとなることでしょう。

出典:TOYOTA 特別インタビュー 一ノ瀬メイ

 

まとめ

 

一ノ瀬メイ選手の言葉に触れて、改めて視点を変えることで見え方や考え方も変わってくるということを感じました。

オリンピックに比べてパラリンピックはメディアの露出は少ないですが、だからこそ、私たちから目を向ける必要があるのかもしれません。

出典:BABYMETALofficial BABYMETAL - KARATE (OFFICIAL)

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