藤原正和(中央大学)監督の経歴は?嫁とは離婚して再婚しているの?

箱根駅伝の名門校といえば優勝回数は最多の14回、出場回数も最多の90回という実績を誇っている中央大学です。

しかしここ数年は優勝から遠ざかり、シード権を逃すなどの低迷が続いている中央大学は今年、新しい監督を迎い入れました。

中央大学のOBでもある藤原正和氏です。

2016年の箱根駅伝は15位という結果に終わり、シード権を逃していた中央大学は予選会に出場しましたが、10位のチームにわずか44秒届かず、予選通過となりませんでした。

早くも監督2年目に期待がかかる藤原正和監督ですが、どのような選手生活を歩んできたのでしょうか?

また藤原正和監督を支えている家族の存在とは?

2017年箱根駅伝の関東学生連合チームの監督も務める藤原正和監督にスポットを当ててみました。

 

箱根駅伝のルールや基礎知識や2017年注目選手についてはこちら
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藤原正和(中央大学)監督の経歴は?出身中学や高校は?

 

藤原正和監督のプロフィールと経歴を簡単にご紹介しましょう。

藤原正和(ふじわら まさかず)

兵庫県神崎郡大河内町出身、1981年3月6日生まれ、現在35歳です。

神河町立大河内中学校(現:神崎中学校)、西脇工業高校と地元で過ごした後、中央大学へ進学、そしてホンダに所属し実業団ランナーとして活躍しました。

中学3年生の時には全日本中学校陸上競技選手権大会の3000mに出場して2位入賞

高校3年生の時にはインターハイ3000mSCに出場して3位に、全国高校駅伝では2区を区間4位で走り、2年連続7度目の全国駅伝優勝に貢献しています。

中央大学へ進学した藤原正和さんはチームの中心選手として長距離トラック種目や駅伝で活躍、そして大学4年間、3大駅伝とも言われる出雲駅伝・全日本大学駅伝・箱根駅伝に全て出場を果たしています。

2001年、北京で行われたユニバーシアード男子ハーフマラソンでは優勝もしているんです。

藤原正和さんが有名になったのは大学時代と言われているのが、良く分かりますよね。

箱根駅伝では1年生から3年生まで山上りと呼ばれる5区を担当して1年生の時には区間賞を獲得、2年生の時には中央大学37年ぶりとなる往路優勝のゴールテープも切りました。

4年生の時には花の2区に出場、華麗なる8人抜きを見せて見事区間賞を獲得

2003年に出場したびわ湖毎日マラソンでは終盤までトップ争いを演じ、2時間08分12秒という記録で日本人トップとなる3位に入賞しました。

この記録は、オリンピック銀メダリストの森下広一さんが持つ初マラソン最高記録と、早稲田大学・佐藤敦之さんが持つ日本学生最高記録を上回るもので、この結果により世界陸上パリ大会への切符を手にしました。

中央大学を卒業後はホンダに所属、日本選手権や世界陸上などに出場しました。

2008年の全日本実業団駅伝ではアンカーの7区を走り区間賞も獲得しています。

2010年の東京マラソン2010では、雨や雪が降りしきる悪天候の中、40km過ぎからラストスパートをかけると1時間12分19秒というタイムで優勝、自身3度目の挑戦でマラソン初優勝となりました。

2012年の東京マラソン2012では、市民ランナーの川内優輝選手らと国内招待選としてエントリーするも、外国人選手率いる先頭集団から徐々に引き離され31位という結果に、2015年の世界陸でも中間地点からの遅れが響いて21位という結果に終わってしまいました。

社会人時代は故障に加え、右腸脛靭帯炎や肝機能低下などによって思うように走れない時期も多く、世界陸上出場を欠場せざるを得ないなど、中央大学時代とは異なり、順風満帆とはいかなかったようです。

出典:wikipedia 藤原正和

 

東海大学の両角速監督に関してはこちら
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藤原正和(中央大学)監督の経歴は?現役引退の理由や現在は?

 

リオデジャネイロオリンピックの日本代表へ目標を定めていた藤原正和さんでしたが、今年の1月に臀部の肉離れを起こしフォームを崩してしまいます。

臀部の肉離れが完治して間もなく、今度は右すねの疲労骨折が藤原正和さんを襲いました。

オリンピック出場をかけた最後の大会と見据えていた3月のびわ湖毎日マラソンに、無理をしてスタートラインに立つか、辞めるのか、とても悩んでいたと言います。

「いい状態を作れない。そこまでの力がない。」と感じた藤原正和さんは疲労骨折が判明してから1週間後、引退を決意

その後、藤原正和さんの現役引退を耳にした中央大学の野村修也部長から、中央大学の陸上部駅伝監督になって欲しいという打診がありました。

数年前からオファーはあったものの、当初は驚きを隠せなかった藤原正和さんでしたが、低迷している母校のため、快く引き受けることを決めました。

そうして今年3月、現役引退とホンダを退社することを表明すると当時に、中央大学の陸上部駅伝監督に就任することを発表。

監督の経験がないということから、選手のスカウトなどは浦田春生コーチ(前監督)の力を借りながらのスタートとなった監督就任1年目。

藤原正和監督が現役の時には優勝するんだという気合いに満ちていましたが、今のチームにはそういった気合いを感じられず、2016年の箱根駅伝については15位になるべくしてなったと感じたのだそう。

まずは選手の意識を変えないといけないと考えた藤原正和監督は、昨年まで3年生と4年生に認められていた原付バイクの所有をやめてもらい、門限を設けない日が月に4回あったものを1回に減らすなど、生活面においても改善を試みました。

そして大会を想定した質の高いスピード練習に加え、秋田県の男鹿駅伝に参加するなどの実戦も取り入れました。

しかし2017年の箱根駅伝予選会は通過ならず、中央大学の箱根駅伝連続出場回数は87回で途切れてしまいました。

青山学院大学の原晋監督も、青山学院大学を優勝に導くまで10年かかったことから、藤原正和監督もチームの立て直しに10年はかかると見ているそうです。

『高校生が「中央大学で走りたい」と思うようなチームを作りたい』と願う藤原正和監督の戦いはまだまだ始まったばかりです。

出典:日刊スポーツ 藤原正和氏「挑戦」中大駅伝部新監督に 現役は引退

 

青山学院大学の原晋監督に関してはこちら
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藤原正和(中央大学)監督は嫁とは離婚して再婚しているの?

 

藤原正和監督は現在、奥さんと二人の娘さんがいらっしゃいます。

一度離婚経験がある藤原正和監督、現在の奥さんと再婚したのは2011年、友人の紹介で知り合ったのだそうです。

藤原正和監督の妻・麻紀子さんと出会ったのはマラソンで初優勝する前、慢性的な腰痛や肝機能障害などにより不調に陥っているときでした。

持病の貧血を悪化させ精神的にも苦しかった藤原正和監督を支えたのは、紛れもない麻紀子さんだったのです。

麻紀子さんによる食事対策の甲斐もあって、貧血も徐々に改善していきます。

そんな麻紀子さんとは結婚前に「オリンピックへ連れて行く」と約束をしました。

しかし、今年の2月、オリンピック出場をかけたびわ湖毎日マラソンを前に疲労骨折を発症、欠場を余儀なくされた藤原正和監督は現役引退を決意することに。

麻紀子さんとの約束は果たすことはできませんでしたが、2012年に一度「引退」を考えた藤原正和監督を支えた麻紀子さんの存在はとても大きかったことでしょう。

これからも、そんな家族と共に、中央大学の駅伝監督人生を歩んでいって欲しいですね。

出典:TBSテレビ バース&デイ 天才と呼ばれた男の壮絶なマラソン人生

 

早稲田大学の武田凛太郎選手に関してはこちら
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まとめ

 

現役時代には優勝こそできなかったものの、大学4年間の箱根駅伝のチーム成績は全て5位以内と、常に優勝を争っていたチームにいた藤原正和監督。

実業団対抗駅伝やマラソン経験も豊富な藤原正和監督の熱意は必ず選手に届くと思います。

伝統ある白地に赤のCが刻まれているユニホームが再び常連校として強豪校として、箱根駅伝で復活する日が1日でも早く訪れると良いなと思います。

 

青山学院大学の下田裕太選手に関してはこちら
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